2013年2月18日月曜日

幻の名曲発見か~!

 『講堂のステージの先にちょこんと座り、うつむき加減に床に目を落としながら、くすっと笑ってその歌を聴いてたよ〜。』
と、当時の光景を感慨深く語る一人の男の証言を元に、この物語は始まるのだ。

記憶が確かなら、それは1974年の夏を各地で過ごし、四島に戻って来てからのこと。

 ある時、密かにあるヤツのデビューに向けた動きが始まっていた。
ヤツとは静岡県無事市出身、松下ATS。現在57歳。
その “エグザ〜マスあつし”事、松下ATSのリードボーカルでこの世に送り出そうと、ある曲のリハーサルが行われていた。
 時は流れて39年。今は幻の名曲?となったその曲の歌詞の一節が、北海の温泉付き住居に暮らす男の口から語られた。これまでそういう歌があったいう話は、当時を知る何人かが囁いてはいたのだが、、。
 
 その男とは、淋しき者達よ〜いつでも俺のアパートにおいでおいで〜&便器だけは割っちゃあだめよ〜ドラマー:北海のTっちゃんこと、“冨るっ田TR”。
その曲に関してはTっちゃんがかなり関与しているのではないかと囁かれてはいたが、。
 数日前の夜半、何気なくダイヤルを北へ回すと、思いがけなく本人へのインタビューに成功した。そしてその当時の事実が確認されるに至ったのだ。

 下世話な分野での記憶力においては、古今東西、彼をおいて右に出る者はいないだろう。当時、その分野での記憶IQは天才の域に達していたが、今は時折その衰えを見せてはいるものの、仲間内でその記憶力で彼の右に出る者はいない。
※彼を当時から大変可愛がっていた“言わん谷TK”が良く言っている。『その記憶力を勉強に活かしていたら、良かったんだけどなあ〜。』今となっては、それも後の祭りだ!

本題に戻すと、、やはり作詞者は、冨るっ田TRをおいて考えられない現実がそこにあったのだ。すらすらと彼の口をついて出て来るフレーズの数々がそれを物語っていた、。

 作詞者は冨るっ田TRに間違いない!!。大きな確信を得たもののその曲名や作曲者については何の手がかりもない!つらつら語る冨るっ田TRの口伝に耳を傾けながら、ある箱に目を落とす男がいた。どうもその箱が気になって仕方がない。 
 九州北部の盆地に暮らすこの男の名はAKS48明石。ある箱とは、彼が密かに家の一室に隠し持つ“WLMボックス”。AKS48明石はこのキャンパス布を縫製した不可思議な箱の中の物が、気になって仕方なかったのだ。
 その中には、表紙に1974と書かれた大学ノートが2冊入っていた。そして、1974大学ノートの2冊目と思われる1974.7/14と書かれたノートを取り出した。

 そのノートは1974年7月14日から書かれ始めたらしいのだが、その大学ノートの裏表紙にさなえちゃんは描かれていなかったが、裏表紙から4ページめくった左のページに、冨るっ田TRの口から出て来る言葉と如何にも似つかわしい記述があったのだ。
 バンドメンバーと思われる記述。その下に、演目と思われる曲目が4曲書かかれていて、その4曲目に他の曲名とは趣を異にする文言が書かれていた。これが曲名?、、!、!!
これをおいて他にないのではないかと、、それがコレダ〜〜

全国学生サディスティックS&Mバンド 四島支部のセレナーデ」
 

なんと、Sがダブッてる〜。そのあとMもダブッてる〜!まあっイイか!
そして、こんな曲名は他にはない!こっ、これに間違いはないと確信を深めた。

 そして、残るは作曲者だ。しかし、そのノートに作曲者を割り出す手掛かりは見つけられなかった。作曲者の謎は解けそうになかった。作曲者には、米の倉A1の名も上がってはいたが定かではない。また、バンド名しかり、全国学生サディスティックS&Mバンド 四島支部このあまりにメンバー数の多いバンド構成に関しても、その担当楽器の割当に関しても、また、どんな意図をもって結成されようとしたのか等々、このノートからでは皆目検討がつかない。

大学ノートの記載どおりにを転記すると
 
○グループその1 “全国学生サディスティックS&Mバンド 四島支部
 

  支部長 冨るっ田TR  パーカッション
      
言わん谷TK  リードギター・ボンゴ
      井の川TM  アコースティックギター・フラットマンドリン・ボーカル
      鈴ノ木 SIR  ピアノ・ボーカル・オルガン・ギター
      金子のNT  アコースティックギター・ボーカル・フラットマンドリン
      辻爺 SY  ベースギター
      勝とうMT  ボーカル・カズー
      刈谷 TKS  ハーモニカ・パーカッション・ベースギター
      松下ATS  カズー・ボーカル
      案山子のKJ  ハーモニカ・フィドル・ボーカル・アコースティックギター
      ドクター藤田  ベースギター・バケツたたき


  曲目  酔いどれダンスミュージック
      ひと夏の経験
      WHAT I SAY
      全国学生サディスティックS&Mバンド 四島支部のセレナーデ

    
                          以上

 ドクター藤田に関しては、鉛筆書きになっており正式加入に難色を示していたと思われる。また、林HJMに関しては冷静に見ていた事がうかがわれるし、諏訪の部HYに至っては全く相手にしていなかった事は確かだ。大塚SSMはこの時分、何をしていたのだろう。
しかし、UM子はこの実態を知っていたと思われるふしがある。。
 このよく訳の分からん構想が、どのように展開していたのかは謎である。4曲のそれぞれのリードボーカルは誰であろうか。各曲をどんな編成で演ろうとしていたのだろうか。刈谷TKSとはいったい何者であろうか。今となっては、いろいろと分からない事ばかりだが、このバンドが構想倒れに終わった事だけはは確かだ。


 それでは、誰が全国学生サディスティックS&Mバンド 四島支部のセレナーデに曲にかんして、冨るっ田TRと話していた時だ〜〜!
以前にも述べたとおり、この作曲者に関してはサディスティック米の倉A1が最右翼であったが、また、にわかに冨るっ田TRの記憶が甦った〜〜!
『“言わん谷TK”が、ガッカ、ガッカ、(3連のブギ)と弾いてたよ〜!』
 作曲者それは、“湘南のマサ”こと、言わん谷TKじゃあなかったか〜〜。この言葉が確かなら、冨るっ田TRの記憶力は確かだ!!という確証を得ることになる。
冨るっ田TRとなんだかんだ馬鹿ばなしをしながらも、とうとう幻の名曲の全容が明らかにされ始めようとしている。
 これまでの話が真実ならば、楽曲制作に関わった者が生存している。
そして、歌唱担当も生存している。
来年39年の時を越えて、全国学生サディスティックS&Mバンド 四島支部のセレナーデは、堂々の復活となるではないか、、、。

楽曲名:全国学生サディスティックS&Mバンド 四島支部のセレナーデ
作詞:冨るっ田TR
作曲:言わん谷TK
唄うは、松下ATS。

そうなのだ〜〜。
残るはそのリードボーカルの松下ATSの記憶を甦らせるしかない!!!
ヤツがこの事情に一番精通しているはずなのだ。今まで黙して語らなかった松下ATSが事の真実を知っているの違いない。 
 そうして、その夜の長い長い柔な夜話は終了したのであった。
そして、25 or 6 to 4 ~~~~~


<後記>
この楽曲が、人々の前で奏でられた時の興奮を思い描くと、もう言葉が見当たりません。
“エグザ〜マスあつし”こと松下ATSが、再びこの曲を歌う日が来る事を願うばかりです。
歌詞がTっちゃんだけあって、その歌詞の深さは哲学的なので、長泉寮1stステージにて復活されるのが得策でしょう。
「くすっと笑ってた人=UM子」は、再び、くすっと笑ってくれるのでしょうか。
また、冨るっ田TRが語らなかった2番の歌詞を松下ATS歌い出すことを願ってやみません。
ああ〜眠れない夜がつづく〜〜〜。

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以下はTっちゃんこと冨るっ田TRからの口伝を書き写した歌詞の1番です。

注)ミドルテンポのブギで、♪♪♪、、。

♪〜縄でしばって〜 鞭で愛して〜〜
ヒールのかかとで 踏んづけて〜〜!♪
♪挟んでほしい〜 挟んでほしい〜〜

洗濯バサミ〜!〜♪(注:ユニゾンで!ご一緒に〜)♪
♪くい込む〜 くい込む〜〜
カンチョウが〜!〜♪
(注:ユニゾンで!ご一緒に〜)♪

※あくまでも、Tっちゃんからの聞き取りに基づく。