2010年2月19日金曜日

金子尚弘くんの13回忌。其の弐

 

  

 
 




























































2010年2月17日水曜日

三島末広山公園
















WLM第2回開催前の1月14日午前8時に いつものあの場所で
富士山を撮りました

ちょっと雲がかかっていますが 素晴らしい光景でした


この2週間後に またここで集合写真を撮るんだと思うと
とても感慨深いものがありました   松下

金子尚弘くん13回忌。其の壱

 存命なら我らWLMのメンバー、元‘ちょこれーと・ぶらうん’のリーダー、そして源右衛門窯の前専務。1998年2月7日に他界した金子尚弘君の霊前に12年ぶりにご挨拶に行きました。



 奥さんの良子さんに、つい1週間前のWLM2nd Meetingの報告や金子の闘病時代の事などを回想しながらのあっという間の時でした。発病から他界するまでの約2年間、彼は久しく触っていなかったギターをケースから取り出し、穏やかな時を過ごしていたようでした。
 当時から愛用していたギブソン!Gibson Heritage Custom。このモデルはもう生産中止されていますが、このギターこそが1974年当時、金子が 「風の舞い」のイントロを刻んだあのギターなのです。
 奥さんに聞いた話では、このギターは、金子に頼まれたお母さんがハワイへの旅行の途中で、金子の為に探しまわって買って帰ったギター だという事です。
今では主人を失って傷んでしまっていた姿に堪え難い悲しみを覚えました。でも、あいつの匂いを感じずにはいられませんでした。



 今回、嬉しい出来事がありました。
それは、長男の源太郎くんとお会いできた事です。現在は、東京の会社で人生の修行中のようですが、りっぱに成長された姿に、ほっと胸を撫で下ろす思いでした。
その柔和な笑顔と凛とした出で立ちは、金子の血をちゃんと引いていましたよ!
また、長髪の容姿はお爺ちゃんである6代源右衛門さんとも重なって見えました。


 

 帰りに「源右衛門窯」のギャラリーを訪れました。一昨年の社員旅行以来です。
弟で現社長の昌司 さんは不在でしたが、社員の方に話を通して頂いていたようで、同級生に見せてあげたいからという僕のご無理に、ギャラリー内の撮影も許可いただき、撮影させていただきました。
ここは何度か訪れたことがありますが、いつも新作が展示されていて、その場で購入する事ができるギャラリーです。
 
  
 14年程前の訪問時に、金子から「古伊万里のこころ」を頂いたのもこのギャラリーの奥の部屋でした。遅く広告業に転職した僕への彼からのさりげないプレゼントだったのです。
あの時も多くは語らなかったけれど、金子の大らかな笑顔が瞼に焼き付いています。今も僕の宝物です。その頃金子の病がかなり深刻であった事を彼の口から知らされたのは、その半年後の事でした。

  






2010年2月15日月曜日

ギロッポン3本立

富留田が東京に来ました
ANAインターコンチネンタルホテルの室内です















この後大塚も合流して ギロッポンのハードロックカフェで飲みました スペアリブ旨かった~




























2件目は KENTO’S(ケントス)で70年代ロックンロールライブを鑑賞
バンドのにーちゃん達 懐かしい頭してるなぁ~ 
ワシらの年代~60歳代のおじちゃん おばちゃん達が 踊り狂っていました
大変な盛り上がりでした
ヴォーカルのおねーちゃんは 一見若く見えます




























出演バンドによっては グループサウンズ イーグルス ドゥービーなんかを演りますが
この日はR/Rだけで ちょっと物足りなかったので 3件目はハードロックの店に行きました

バウハウスという70~80年代ハードロックのライブハウスです

同年代のおっちゃんが 飛び入りで
ベックの「悲しみの恋人達」を弾きました なかなか良かったです
ハウスバンドらしく なかなか上物の演奏を聴けて満足しました
ツェッペリンの Goodtime Badtime 良かった~


22時頃になって ワシはグンナイタイムなのでお先に帰宅しましたが
大塚と岩谷は 富留田の部屋に泊まったようです

皆様お疲れ様でした またお会いしましょう また飲みましょうね




2010年2月13日土曜日

We Love Mishima 2nd Meeting 2010

そして、我ら〜〜WeLoveMishima 11人衆(冨留田は来れなかったけど魂で参加)+天国の3人衆を合わせた14人のメンバーは、昨年の同時期の2010年1月30(土)・31(日)の2日間、再び、三島市そして長泉町の富士見ヶ丘寮=Hotel Fuji-View Seamountgalleryに結集したのでありました。

2009年3月5日木曜日

We Love Mishima 1st Meeting 2009


私たちは、34年の時を越えて、再びこの地の降り立った。
1974年の春、全国各地から列車を乗り継ぎやってきたオイラ達。
そして、音楽好きのバカ息子たちが叩いたのが、軽音楽部のドア。それまで神聖なるフォークソングのサークルは、電気グイターや爆音拡声器からの音で汚染されて行った。
時は流れ早一年、幸か不幸かオイラ達の去る時節がやってきた。1975年、春。

そしてそれから34年、なに故にオイラ達はここに来た?ここに再び降り立ったのか。
また悪事を働く為か? この土地の地上げでもやろうというのか?? いやいや、この30余年、オイラ達の中にはそんなテクニシャンは育っていなかった。それでは、あの時の悪事の証拠隠滅に来たのか?隠滅どころか、オイラ達が無断で爆音拡声器を持ち込んでいた場所は、スタジオという名称に格上げされいる。うむ〜 消しようがない〜〜!
そうか、わかった、消されようとしているのはオイラ達ではないのか〜〜?
いやいやしかし、この町の人たちはオイラ達が何者なのか全然気にはなさっておらぬ。
それ以上に暖かい。あの時と何も変わらぬ町の匂いだ〜〜〜。
もっとすごい事に、あの日オイラ達はそれぞれの下宿に寝泊まりしていた。それが、35年の時を越えて降り立った今、オイラ達の為の学生寮、いやいやオヤジ寮が完成していたのだ〜。その名も富士見ヶ丘寮。Hotel Fuji View Seamountgallery ----------
  また来よう!いいよね、来ていいよね、行っていいよね、三島。
ありがとう、三島。